デザインと耐震にこだわる静岡県の建築事務所「相場ヒロユキ建築事務所」です。

歴史ある住宅を地震からまもる。

案内書きに「加賀爪甲斐守屋敷門」 と記された風格ただよう門。
静岡県磐田市の寺田様邸は、この江戸時代の門と、明治15年に建てられた母屋を持つ歴史的にも価値ある住宅だ。
相場ヒロユキがこの住宅に出会った時、母屋は幾分か傾いている状態だったという。
その原因は第二次世界大戦中にこの地を襲った東南海地震。強い衝撃に母屋は傾いたが、戦時中ということもあり
当時多くの住宅がそうだったように、応急処置でその場をしのぐしかなかった。
家全体をワイヤーで引っ張りつっかえ棒を立て、以来そのままの状態で長い年月が過ぎた。
平成18年、相場ヒロユキがこの歴史ある住宅を蘇らせることになった。
修理に加え、リフォームと耐震補強を施し、次の世代へと安心して受け継がれる住宅へと生まれ変わった。

(取材・文/エンジェルデザイン)

家に対する愛情、そして尊敬の気持ち。

「建て直せば簡単だ、しかしこの家を代々受け継いでいきたい。」
家主である寺田様のその言葉に、相場も深く共感した。
もともと神主の家系としてこの地で長い歴史を持つ寺田家。ご先祖様から受け継がれたこの家を、家族全員で大切に守り続けてきた。
幾たびもの天災や経年による傷みはあるのものの、伝統的な工法による堅牢なつくりや良質な素材はまさに文化財クラス。現代において、もはや再現しようのない無二の価値を持っていると相場は言う。

伝統工法と最新技術をバランス良く組み合わせる。

相場はまず、建物をくまなく調査することから始めた。屋根裏に昭和19年の東南海地震によってできた亀裂が見つかった。大地震に見舞われながらもなんとか持ちこたえた跡が見てとれたが、もし次に大きな地震が起きれば、今度は持ちこたえられないだろうと思われた。古い建造物であるため市役所でも初となる特別な構造検査を行い、大学教授ら専門家の意見も取り入れつつ、何度も計画書を練り直した。徐々に、昔の造りを生かしつつ、どのような補強を施せば良いかが見え始めてきた。伝統工法と最新技術をバランス良く組み合わせていくことが、重要なポイントだった。

母屋床下の基礎は、地面に固定せず石の上に乗っている状態である。奈良時代に建てられた五重塔と同じ免震構造だ。昔の建物には、環境の変化にしなやかに対応できる柔軟性があると相場は言う。そこへ施す具体的な工事として、壁を増やし住宅全体の強度を高めた。ひずんだ床を補強し、畳だった和室を一部フローリングにリフォーム。柱と梁の接合部、また、床下の地長押(じなげし)と柱もしっかりと固定した。また、重たい土が乗せられていた昔ながらの屋根は、軽くて強度のある瓦で葺き替えた。

建物を相手に工事をしない。

建物の耐震工事を進める中で相場が大切にしていたのは、建物だけでなく、「住む人の安全な暮らし」をデザインすることでもあった。例えば寝室には家具を置かなくて済むよう、ひと部屋分のスペースを利用して作り付けのクローゼットにするなど、部屋の用途に合わせた設計をしていった。寺田様との対話の中から実際の生活をイメージし、隠れた要望を引き出しながら工事を進めていくことが、実はとても重要なのだと言う。建物は補強すれば強くなる。しかし、当然のことながらそれが最終ゴールではない。工事が終わった後、その家の人々が安心して暮らせる空間作りを忘れてはならない。

一貫した安心感。

工事には半年以上もの時間を要した。寺田様一家は母屋で暮らしながら工事の様子を見守った。「何か大変だった思い出はありますか」と尋ねたところ、「途中で大変な嵐が来て、夜中に雨もりしたことがあったっけ。」と懐かしむような目をされた。ちょうど屋根の葺き替えを行う過程で、運悪く台風に見舞われたのだそうだ。夜中に連絡を受けた相場は飛んで行って雨もりの応急処置をした。「相場さんならしっかりやってくれるという安心感がずっとありましたよ。」寺田様が笑った。
耐震工事が終わった住宅は、外観の印象は少しも変わらずに、室内での暮らしはより快適なものになった。きっとこの家は、親から子、子から孫へと、いつまでも大切に受け継がれていくだろう。
取材を終え外に出ると、家を取り囲む大自然が夏の日差しを受けて輝いていた。

(取材・文/エンジェルデザイン)